読書のお話 その5

 ベルンハルト・シュリンクの「オルガ」を読みました。こころに深く刻み込まれるべき本にまた出会うことができました。幼いころ両親を亡くした少女オルガはドイツ帝国に生まれました。苦学して高等教育を受け教師になります。やがて、夢多き野心家の青年と実らぬ恋に落ち、それでも二人は愛を温めあいますが、彼は無謀な冒険に旅立ち帰らぬ人となってしまう。オルガは待ち続けます。オルガの死の部分の描写はとても美しかった。「オルガは目を開いた。一瞬視線をさまよわせたが、ぼくを見つけ、愛情や喜びで顔を輝かせたので、ぼくは泣かずにはいられなかった。ぼくには理解できなかった。この顔の輝きがぼくのためだなんて。彼女はぼくをこんなに愛してくれて、ぼくが来たのを喜んでいる。そもそも誰かがぼくのことをこんなに愛し、喜んでくれるなんて。 -------ぼくはまたベッドサイドに座り、また彼女の手を取った。   -------外がゆっくりとl暗くなった。ぼくはいつのまにか眠ってしまった。目を覚ましたとき、オルガの手はぼくの手のなかで冷たくなっていた。」この場面は物語のなかでは、ほぼ真ん中あたりに出てきます。主人公の女性の死は真ん中あたり。旅立った恋人に手紙を書き続けたオルガ、その恋人に届かなかった手紙の束が、物語を静かに結んでいきます。結び合わされるべき物語が、その手紙の束のなかから、光を当てられるのです。オルガの人生がドイツ帝国の歴史の中で流れていたのだと理解されます。「小さくとも確かな 幸せを求めつづけたあるポーランド系女性の波瀾の生涯」は凛々しくしっかりと前を見続けたものでした。

黒川 創の「暗い林を抜けて」を読みました。初めて読んだ作家でした。男性か女性かも知らない。物語の始まりは女性の独白だったので、てっきり女性だと思っていましたが、読み進むうちに作家は男性だと確信しました。読売文学賞、伊藤整文学賞、毎日出版文化賞、大佛次郎賞など玄人っぽい文学賞をもらい続けてきた実力派。物語の中心となるノンフィクションの部分も主人公が交錯し、その間に粘着質な綿密なフィクションが織り交ぜられていて、なかなか読み応えのある作品でした。フィクションの部分をうっとうしいと思うか、作品に奥行きを与えていて好ましいと思うかは、意見の分かれるところとかも知れません。大きな意味での主人公の最初の妻が仕事仲間と浮気をして、繰り返し逢瀬にいたってしまうところなどは、男性目線ですが欲望としての納得がありました。胸が苦しくなりました。主人公がガンで余命いくばくもなくなったところの最期の描写がもう少ししつこくてもよかったかなと思いました。いずれにしても、絡み合ったストーリーが大人の作品に仕上がっていたと思いました。