読書のお話 その8

鈴木大拙(これは居士号で、俗名というか本名は貞太郎)の「金剛経の禅 禅への道」を読んだ。このような本を読んだなどと言ってはいけないのだけれど。「初めは目で読む(眼読) のであるが、だんだん心で読む(心読)ようになり、ついには手足で読む(色読)ようになる」らしいけれど、「座り、読み、座り、読み、座る」「最後まで読み終えると、再び初めに返ってよみなおす。同じ方法で二回三回と繰り返すと、読書百遍意おのずから通ずるようになる」といわれれば、「私この本読みました」などと言えるはずがない。勿論私の読書はまだまだ「眼読」にほど遠い。「ちょっとこの本ぱらぱらとめくりました」と言っておくくらいでちょうどよいのかも? 大拙は1870年石川県の生まれ。円覚寺に参禅して、円覚寺派管長である今北洪川、釈 宗演に師事し、大拙という居士号を受けた。1897年渡米し、雑誌編集に携わる。1909年帰国後は学習院、東京帝国大学、真宗大谷大学に勤務。英文著書も多く、広く欧米に仏教を紹介した。1966年没。禅者にして大学者の大拙を解説者は、インドから中国に禅の道が達磨大師によって伝来されたことになぞらえて、大拙によって日本から欧米に禅の道が伝来された、とのたまっている。こんな本を読んだとはとても言えません! 「覗いた」だけです。(「復活かやだ歯科倶楽部」の134号を御参考あれ)

パーシヴァル・エヴェレットの「ジェイムズ」を読んだ。全米図書賞、ピュリツァー賞、英国図書賞、アンドリュー・カーネーギー賞、カーカス賞の5冠受賞の評価の高い作品だ。初版発行が2025年6月30日。今回も例によって超スローな読書。今は2025年12月の末だから、来年の目標は本をもう少し加速度的に読むということにしようと思う。言ってしまえばアメリカの奴隷のお話。ちょうど南北戦争の勃発前夜の。でも、ストーリーは黒人奴隷にして、逃亡奴隷でもあるジェイムズの個人的な逃亡記、妻や娘を救い出すために淡々と進んでいたお話は、大団円に至って急展開を遂げる。基本的には穏やかなジェイムズが銃を手に入れて、白人を絞め殺したり、銃殺したりする最後。白人たちはジェイムズが奴隷のことばをしゃべらないこと、書物を読んだり、きちんと筋の通った理屈を言ったり、つまり奴隷が人間であることに気づき怯える。ことの顛末は明かされない。黒人奴隷は我慢の限界を超えて、激怒して、人間の尊厳をぶちまける。時は、南北戦争の開始を告げる。 

デーリン・ニグリオファの「喉に棲むあるひとりの幽霊」を読んだ。アイルランドの詩人、作家。詩人として評価の高い彼女の散文デビュー作で評価され賞も受けている。ニューヨークタイムズなどでも2021年のベスト本に選出されている。「力と魔法にあふれた回顧録と文学的探究の溶解……ニグリオファは女性たちの人生に生じた溝、沈黙、謎に自らを深く調和させている。本書が明らかにするのは、私たちは愛するとき、どれほど深く愛するのかー子供、恋人、そして詩をーそしてそれが私たちを、内側からどれほど変容させるか、だ」(ニューヨークタイムズ のニナ・マクラーレンの評)1773年に殺害された夫のもとに馬で駆けつけ、彼の血をすくって飲み、哀歌(クイネ)を歌ったアイリーン・ドブ・ニコルという実在の詩人と作者が再会する。アイルランドの「クイネ」は 「死者に対して泣き叫んだり、悲しんだり」もしくは「哀歌を歌う」などの意味を持っているらしい。作者のことばにならないうなり声、泣き声、喘ぎ声とドブ・ニコルのクイネが響き合い、「わたしはここに確かにいるんだ」と叫んでいる。